集団で生活する動物は、自身の生存や種の存続のため、社会行動を起こします。社会行動には、生殖のために起こす性行動、親が子を育てるために起こす養育行動、侵入者からテリトリーを守るために起こす攻撃行動などがあります。このような行動の様式や頻度は個体の性別によって大きく異なります。その理由は、社会行動を制御する脳に性差があるからです。脳の性差を理解することは、動物がどのようにして個の生存と種の存続を図るのか、そのしくみを理解するために重要です。また、脳の性差は、心の性にも関係しています。人の社会は、異性愛男女だけでなく、様々なセクシュアリティを持った人々により支えられています。性の多様性を理解し、人がより豊かな社会を構築するには心の性の基盤となる脳の性を理解することが不可欠です。私たちの研究室では、脳の性とその多様性を生み出すメカニズムの解明を目指して研究を行っています。

哺乳類における脳の性分化機構に関する研究

脳内には神経核と呼ばれる神経細胞が多く集まる部分があり、性差がある神経核は性的二型核と呼ばれます。性的二型核が形成される要因には、(1)発達期の精巣から分泌されるアンドロゲン、(2)成長期の精巣から分泌されるアンドロゲンと卵巣から分泌されるエストロゲン、(3)脳内で働く性染色体遺伝子があります。この中でも、発達期のアンドロゲンは脳の性を決定するために重要な働きをします。発達期にアンドロゲンを遺伝的雌(XX)のネズミに与えると脳は雄型になってしまいます。また、発達期のアンドロゲンの働きを阻害した遺伝的雄(XY)ネズミの脳は雌型になってしまいます。また、脳に作用する性ホルモンの量や時期の違いによって、性的二型核の構造と機能は、同性の個体同士でも違いが生じます。私たちは、性ホルモンに着目して、性的二型核を構築する神経細胞の性差が生じるメカニズムを明らかにするための研究を行っています。また、性的二型核は社会行動に関係する脳領域に多く存在しています。私たちは、社会行動の制御において性的二型核がどのような役割を果たしているのかも調べています。

マウス
性分化

鳥類における脳の性分化機構に関する研究

動物の遺伝的性別は性染色体の組合せによって決まります。哺乳類では、X染色体を2本持つ個体が雌となり、X染色体とY染色体をそれぞれ1本ずつ持つ個体が雄になります。一方、鳥類では、Z染色体を2本持つ個体が雄となり、Z染色体とW染色体をそれぞれ1本ずつ持つ個体が雌になります。このように、遺伝的性別を決定する性染色体の組合せは、哺乳類と鳥類で違います。さらに、脳の性分化に重要な性ホルモンも哺乳類と鳥類では違います。哺乳類では発達期の精巣から分泌されるアンドロゲンが重要ですが、鳥類では胚の卵巣から分泌されるエストロゲンが重要な役割を果たします。私たちは、鳥類における脳の性分化機構の解明を目指して、エストロゲンがどのように働いて脳を雌型に分化させるのか、そのしくみを明らかにするための研究を行っています。何故、性分化のしくみが哺乳類と鳥類で異なるのかは謎ですが、鳥類と哺乳類における脳の性分化のメカニズムを探り、比較することで、その謎を解き明かしたいと考えています。